0感覚を付ける!

生まれながらにして目が見えない人が、視覚という新しい感覚を得たらそれはそれは感動でしょう。生まれながらにして5つの感覚を持っている人類が、新しい0感覚を得る感動をお伝えしていきます。

人に迷惑をかけちゃいけない?

つまらない人生をウキウキの人生に☆
0感覚を付けて、人生リライズしちゃいましょう!

こんにちは、塚田武宏です。

 

親や学校の先生に、「人様に迷惑をかけちゃいけない」って言われたことはありませんか?

あるいはご自身が子育てをする際に、子どもに言っているかもしれませんね。

日本人にとってはあまりに当たり前過ぎて、議論の余地が無いような感じすらあります。

・デパートで走り回ったら人にぶつかって迷惑をかけてしまう。

・赤ちゃんが泣いたら周りの人はうるさく感じて迷惑をかけてしまう。

・家事をちゃんとやらなかったら子どもや旦那に迷惑をかけてしまう。

そんな現象をすべてまとめて、「人に迷惑をかけちゃいけない」の一言で制限してしまって良いのでしょうか?

 

そもそも、「迷惑」とは何なんでしょうか。

そうなんです、人によって「迷惑」の基準が違うのです。

それにも関わらず、〇〇はダメだよ。△△は良いよ。という風に、その人独自の線引きをしてしまうのです。

けれどそれだと、人によって線引きの範囲が違いますので、Aさんは迷惑かけていないと思っても、Bさんは迷惑かけられた、と感じてしまうのです。

そうやって、「結局人とは分かり合えない」という結果が引き起こされてしまうのです。

それではどうすれば良いのでしょうか?


ここで大切なのは、すべてが人の観点の上に成り立っている、という大前提を理解することです。

先ほども書きましたが、何をもって「迷惑」とするのか、これは人によってイメージが違います。

その議論もされないままに、「人様に迷惑をかけちゃいけない」って言うことに違和感を感じるべきなのです。

共通土台の無い状態から、共通土台を創ることが最初にやるべきことなのです。

そしてその時に「有」出発で考えてしまうと、先ほど書きましたように人によってイメージが違うので、決して分かり合える結果にはなりません。

大切なのは、「無」を基準で考える事、言葉を変えると「観点が生まれる前を基準にすること」となります。

観点が生まれる前を基準にすることで、自分がどんな観点を持っていてどんな考えをするのか、も分かりますし、相手がどんな観点を持っていてどんな考えをするのかも分かります。

相手の立場にもなれますし、集団の意識にもなれます。

そして何よりも、観点が生まれる事の奇跡を今ここ感じることができるのです。

 

自分と考えの違う相手を面倒だと思ったり嫌ったりするのではなく、その相手の観点に出会える喜びを感じることの出来る自分。

社会も、何が〇で何が×かを判断する社会ではなく、一人一人の観点という宝物に出会える感動の溢れる社会。

観点の生まれる前の世界、無の世界、0感覚を付けることで、この現実社会が最高のギフトでありGAMEであると認識できるようになります。

人に迷惑をかけちゃいけない、という言葉に可能性を狭められるのではなく、0感覚を付けるためのきっかけにしていただけたらと思います。